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東京地方裁判所 昭和30年(ワ)2358号 判決 1959年10月30日

荒川信用金庫

事実

原告一ノ瀬緑は、材木商を営む訴外川名栄吉が同原告宛に振り出した金額三十五万五千円及び二十万六千円の約束手形各一通、また原告愛別ベニヤ株式会社は右訴外人が同原告会社宛振り出した額面十五万円及び十三万五千円の約束手形各一通の所持人であるところ、川名栄吉はその後営業不振で昭和二十七年四月頃営業を廃止するの余儀なきに至つたが、当時の負債は二千万円に達し、しかも負債の支払に充て得る資産としては本件建物しかなかつたのに、その債権者を害することを知りながら昭和二十八年六月二十日、川名栄吉の長男川名太之助が代表取締役となつていた被告三貢ベニヤ株式会社(以下被告会社と略称)に対し、当時の時価で百二十万円を下らない本件建物を僅かに二十三万七千三百円で売却譲渡したので、被告会社は同年同月二十六日同会社のために売買による所有権取得登記を経由し、さらに被告会社は右物件につき被告荒川信用金庫(以下被告金庫と略称)のために債権極度額百万円の根抵当権設定登記並びに右根抵当権の被担保債務不履行のときは、被告金庫は本件建物をその支払受領に代えて取得できる旨の代物弁済予約に基く所有権移転請求権保全の仮登記が経由された。しかしながら、すでに述べたように、川名栄吉より被告会社に対する本件建物の譲渡行為はいわゆる詐害行為であるからその取消を求め、右譲渡による被告会社のための所有権取得登記、並びに右譲渡により被告会社が本件建物を取得したことを前提とする被告金庫のための根抵当権設定登記及び所有権移転請求権保全の仮登記の各抹消登記手続を求める、と主張した。

被告三貢ベニヤ株式会社は、本件建物は被告会社が川名栄吉の東京都合板商業協同組合に対する債務金七十四万円を代位弁済したことによる償還のための支払に代えて譲り受けたものであるが、当時川名栄吉は右以外の債務については、債権者会議により、川名栄吉の債務整理委員となつた者に負債並びに資産の一切の処理を委ねていたが、右委員らは本件建物以外の財産を処分して原告らを含む商取引による債権者(金融機関を除く)全部に対し、債権額の三割に相当する弁済配当をなし、残余の債務は免除されることになつた旨の報告を受けていたので、その後本件建物を被告会社が譲り受けた当時は、前記原告らの債権者に対する債務はないものと思料していた。仮りに原告らの債権が実際は残存していたとしても、被告会社はその債権者を害することを知らなかつたものである、と主張した。

被告荒川信用金庫は、被告会社と被告金庫との間に原告主張の根抵当権設定契約及び代物弁済予約が成立して各その登記がなされた当時、被告金庫においては、被告会社との締約が原告等債権者の債権を害することを知らなかつたものであるから、原告の請求は失当であると抗告した。

理由

訴外川名栄吉が、その債権者を害することを知りながら本件建物の譲渡を敢行したものであるかどうかについて調べてみるのに、証拠を綜合すれば、川名栄吉は昭和二十七年四月頃営業不振で倒産し、その債務額は二千万円に達したので、債権者のうち被告金庫等のような金融関係の債権者を除き、営業取引上の債権者が会合協議の結果、川名栄吉の負債整理委員会を設けて負債の整理に当ることとなり、本件建物以外の川名栄吉の資産全部、在庫商品、売掛債権等を処分し、その処分の対価を前記金融関係以外の債権者に対する配当弁済に当てることとしたが、各債権額の三割程度の配当しかできないままで整理に一応終了したところ、残余の川名栄吉の債務については整理委員会の処置は必ずしも明瞭を欠き、整理委員のうちには、右三割配当後の残余の債務は存続するもので、川名栄吉が事業再興の暁は返済を求め得ると思料するものもあり、又右三割配当を以て川名栄吉の残債務は免除されたものと解するものもあり、一方川名栄吉は整理委員から残余の債務は免除されたものと聞かされていたので、原告等を含む同業関係の債権者に対する債務は全部消滅に帰したものと信じていたが、金融関係の債権者については、訴外東京都合板商業協同組合に昭和二十七年十一月現在で七十四万円の負債があり、その債務の担保として、川名栄吉がその債務不履行の場合は何時でも組合において本件建物を処分できることとし、右建物の権利証、白紙委任状並びに印鑑証明書等川名栄吉より組合に差入れており、又、当時川名栄吉は被告金庫に対しても百万円程度の負債があり、しかも被告金庫は金融関係の債権者だというので、前記の整理からも除外されていたので、昭和二十七年七月本件建物につき仮差押の執行をしていたところ、前記整理委員であつた宮内、工藤、増沢等は川名栄吉の倒産に同情し、川名栄吉を再起させるため、同人等が株主となつて被告三貢ベニヤ株式会社を設立し、川名栄吉の長男川名太之助を代表取締役として合板販売業をさせることとしたが、東京都合板商業協同組合は合板関係業者が商工組合中央金庫から営業資金の融資を受けるため、合板関係同業者の組織している組合で、各合板業者は東京都合板商業協同組合が借主となつて商工組合中央金庫から借り受けた資金を同協同組合から借用する仕組となつているので、川名栄吉の同協同組合に対する債務を返済しないと同業者である協同組合の組合員全部に迷惑が及ぶわけであり、殊に前記のように同協同組合に対しては本件建物も担保に入つており、その担保権を実行される虞もあるので、同協同組合に対する川名栄吉の債務を被告会社で引き受けた上、残存していた七十四万円の債務を昭和二十八年三月六日までに完済したところ、宮内と他の一名の被告会社の株主から、川名栄吉の右債務を被告会社で代位弁済したのだから担保物件である本件建物は被告会社名義にして貰いたいとの申出があつたので、川名栄吉はこれを承諾し、同年六月二十日求償債務の支払に代えて本件建物を被告会社に譲渡したが、当時本件建物の価格は五十万円程度のものであつたことが認められる。

以上のとおり認められるところ、右認定の事実からすると、本件建物を川名栄吉が被告会社に譲渡した当時、右栄吉としては、原告等を含む営業取引上の債権は三割配当を以て打切られ、その余の部分は消滅したものと信じていたのであるから、その信じていたことが誤りであつたというべきである。よしや川名栄吉において、配当による弁済を受けなかつた部分についての債権の残存を知らず、従つて本件建物の被告会社への譲渡が原告等の債権を害することになることを知らなかつたとしても、整理委員会の整理から除外された金融関係の債権者の債権が存することを知つていたことは前記認定の事実から明らかであるばかりでなく、証拠によれば、金融関係以外の親戚の者に対しても、二百五十万円程度の債務を負担しており、川名栄吉は右債務の存在をも十分承知していたことが認められる。元来民法第四百二十四条の詐害行為となるためには、川名栄吉が本件建物譲渡当時、原告等の債権を害することを知らなかつたとしても、その譲渡により他の一般債権者の債権が害されることを知つていればよいのであつて、本件において、整理委員会の整理以後、本件建物以外に川名栄吉の債務の弁済に充て得る資産のなかつたことは当事者間に争いがないから、川名栄吉は原告等(三割配当を受けたもの)以外の債権者の債権を害することを知つて、被告会社との間に本件建物の譲渡契約を結んだものというべく、従つて右契約は詐害行為として取消を免れない。

もつともすでに認定したように、被告会社への譲渡は、川名栄吉が東京都合板商業協同組合に対し負担していた七十四万円の債務を被告会社が代位弁済したための求償金の支払に代えて被告会社に譲渡されたものであり、本件建物は事実上の担保として前記組合に差入れてあつたもので、その時価も債務額を下廻る五十万円程度のものに過ぎなかつたことからみて、川名栄吉に債権者を詐害する意思があつたとは認められないが、詐害行為となるためには詐害の意思を要せず、川名栄吉に詐害の認識があれば足りるものであつて、その認識があつたことはすでに述べたとおりであり、又、組合の担保に供せられていても、第三者に対抗し得るような法律上の担保として担保権の登記が経由されていたわけでもないから、法律上は本件建物は一般債権者の債権の弁済に充て得る資産となつていたものであるといわざるを得ない。

被告会社は本件建物譲受当時、その譲受行為が他の債権者を害することを知らなかつた旨抗争するけれども、これを立証する証拠はないばかりでなく、被告会社代表取締役川名太之助が川名栄吉の長男であることからすれば、特段の事情の認められない本件においては、川名太之助において川名栄吉の資産状態を知つていたものと推定するのが相当であるから、被告会社のこの点に関する抗弁は採用できない。

してみると、川名栄吉と被告会社との間の本件建物譲渡契約の取消並びに被告会社に対し本件建物取得登記の抹消登記手続を求める原告等の本訴請求は正当である。

次に、本件建物につき被告金庫のために債権極度額百万円の根抵当権設定登記並びに代物弁済予約に基く所有権移転請求権保全の仮登記がなされていることは当事者間に争がない。ところで、右各登記が経由されたのは、証拠によると、被告会社が川名栄吉から本件建物を譲り受けた後、同会社の運転資金百万円を被告金庫より借り受け、その借用金債務の担保の趣旨で締結された根抵当権設定その他の契約に基くものであることが窺われる。しかしながら、他の証拠によれば、被告金庫は昭和二十七年当時川名栄吉に対して百万円程度の債権があつたが、前記整理委員会による整理の際、金融機関の債権者であるからというので、その整理配当から除かれ、債権者の名も、債権額等についても何らの通知を受けず、唯右整理の結果、整理の対象となつた債権については三割配当により打切られ解決済となつた旨を整理委員であつた宮内三郎より聞知したのみで、被告金庫自身以外に川名栄吉の債権者があることを知らなかつたことが認められる。その後宮内から、被告会社に百万円を貸して呉れるなら、従前川名栄吉が被告金庫に対して負担している百万円の債務について保証すると申し込んで来たので、当時被告会社の所有となつていた本件建物を担保に入れ、さらに宮内の外整理委員であつた工藤儀蔵等も保証人となつて本件根抵当権設定契約並びに代物弁済予約が成立したものであり、従つて、被告金庫は右各契約により本件建物についての根抵当権その他の権利を取得した当時、右権利取得により、債権を害される川名栄吉の債権者があることを知らなかつたことを認めることができる。

してみると、被告金庫は本件建物についての権利取得当時、その取得が川名栄吉の他の債権者の債権を害することを知らなかつたものというべきであるから、被告金庫に対する原告等の請求は失当であつて棄却を免れない。

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